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TK-85が出てきた [DIY電気]

若いころこNECのTK-85というマイコンボードを買ってきてマイコンのプログラミングトレーニングをしました。トレーニングじゃなく半分遊び道具だったかもしれません。
そのTK-85が蔵から出てきました。
こんな汚い箱。
DSC_0967.jpg

箱から出てきたものにはマニュアルがありませんでした。
非常に残念。
DSC_0964.jpg

テンキーみたいなキーボード
DSC_0965.jpg

改造した痕跡。
DSC_0966.jpg

たしか、1982年頃に買ったのではないかと思います。
プログラミングの方法は、アセンブラ言語をノートにコーディングして、その右に、命令に対する16進数を書いてという具合に。ジャンプ命令は、特にやっかいなもんでした。命令を増やしたりすると番地が変わるのでその都度ジャンプ命令の部分も書き換えが必要だったのです。
アセンブラ学習中は7セグメントLEDを光らせたりするぐらいのことしか学習課題がなく、時計の秒のような数字の変化を見て少し喜び、人が見てたら変です。
そうこうしているとYAMAHAからシンセサイザDX-7が発売になると知ったのです。
音楽的に興味があったわではなく、MIDIという信号を入れてあげると音が鳴るということに興味を惹かれました。独身貴族だった私はすぐさま秋葉原のラオックスでDX-7ゲット(20ン万円)。
TK-85とDX-7をつなぐインターフェイス回路(パラシリ変換)を作ってプログラミングに臨んだわけです。DX-7は16音が同時に発音できる仕様ですので、プログラムも16チャンネル出力できるようにしました。
DX-7と接続するための改造が写真の手配線です。
プログラミングが終わってからは、ひたすら譜面を16進数に落とし、自動演奏を完成させることができました。
我ながらこれはすごいもんだと感心したもんです。
ビバルディの春を20小節ぐらいかな、とても全部はメモリ不足で入りません。
ビバルディの春の次は、ギターの譜面でディアハンターをデータ化して演奏させた記憶があります。
当時はインターネットも、Nifty-Serveもなく、シェアして他の方にお披露目させることもなかったです。
今思えばオーディオテープにでも取っておけばよかったと後悔しています。

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